心に無限大を描けるか。

2021年を迎えました。

年が改まるのを機に「今年の目標」を掲げる人も多いと思います。

目標に向かって歩む人の姿は、その達成の有無にかかわらず魅力的なものです。
ましてや、その道何十年という職人の世界となると、その仕事に向かう姿勢はいよいよ人を感動させ、尊敬の念を抱かせます。

京都の湯葉(ゆば)職人の話です。

この方は湯葉を引き上げ続けて50年。齢70を数える生粋の職人です。

湯葉職人として大成し、インタビューを受けました。
「いつも湯葉をつくるうえで大切にしていることは何ですか?」
その質問に、職人はなんと答えたか。

「そんなたいしたことをしているわけじゃないけど、一つだけ心に決めていることがあって・・・」
と前置きし、

「明日こそ もっとええ湯葉つくったる。そういう気持ちで湯葉をつくってます」

と答えたのでした。

「明日こそ もっとええ湯葉つくったる」

50年満足したためしがない。それゆえの 「明日こそ」。

その方の湯葉は名だたる料亭に納められている、誰もが認める最高級品です。でも、一度として満足したことがない。50年来、ずっと。
毎日すっと掬(すく)う湯葉を「明日こそ もっとええ湯葉つくったる」、その思いで見つめている。途方もない歩み。

まるで求道者のような生き方がそこにはありました。

“至高の存在” は人をどこまでも高め、謙虚にする。

不満足である。
これは一見、人生の充足とは別のように思えます。
よく「満ち足りた人生」といいますが、湯葉の出来栄えという、この一点だけを切り取れば、満ち足りてはいないわけです。

では、この職人は不幸なのか?

そう問われれば、おそらく不幸と思う方はいないはずです。
むしろ、非常な充足感をもって、仕事と向き合っている。でなければ、「明日こそ」という絶えることない向上心は生まれてきません。

僕は思います。この人にとっての “至高の湯葉” は、実はこの世に存在しないものだと。

おそらく、実際に食べたためしもないし、歴史上存在したこともない。有り体に言えば、職人の心のうちにしか存在しないもの。
それは強靭なリアリティをもった観念(至高の湯葉のイデア)だと思うのです。

だからその “至高の湯葉” からみれば、今日できた湯葉は「まだまだ」だし「未完」なのだと。

未完であるがゆえに、明日も、また明日もと、職人の眼前には言葉の本当の意味で “果てしない道” が広がっている。

だから、職人に慢心はありません、そこには、“至高の湯葉” との差分だけ謙虚さが生まれます。

NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』に出てくる一流人に共通すること、それは「自分はまだまだ」という認識、至高を求めるがゆえの謙虚さです。
同番組で「私は完璧です」という人を見たことはないですよね。そこにいるのは「完璧を求める人」でした。

それはつまり、「決して手の届くことがない至高の存在」を自分の内に持つことが、「やむことない前進と謙虚さを可能にする」ということだと思うのです。

無限大を前にすれば、一も千も億もどれも等しく無に等しい。

憧れと謙虚さの同居がそこにはあります。
それは不幸ではなく、むしろ真に充足した生き方かもしれません。

信仰は、無限大。

無限大を現実世界で見つけることは容易ではありません。

むしろ無いといってもいいでしょう。宇宙ですら有限(刻一刻と広がっている)であることは科学によって明らかにされています。まして身近に見つかるはずもありません。

でも実は、人間の営みの中には、昔から “無限” が繰り込まれていました。信仰です。

あの湯葉職人にとっての至高の湯葉と同じものが、信仰者には与えられています。

それは、イエスであり、シッダールタであり、天理教ならおやさま(中山みき)の存在です。

そしてそれぞれが体現した最高のもの、愛、慈悲、親心と誠真実です。

もちろん、これを無限とみるか、有限とみるかは、見る人の姿勢によります。
一般にそれらは有限です。けれど、信仰者の眼には確かに無限と映ります。

自身の生き方をそれらに照らし合わせるとき、恥じる気持ちが湧く。
この恥はネガティブなものではありません。むしろ自身を向上させる契機として作用する。自己変容の兆しです。

日々の生活の中で、神を拝する時間を持つ、それは自身の心を自然のうちに養い育み、同時に驕(おご)りを洗い流してくれます。

信仰とはそういう意味で、「私たちをどこまでも高く引き上げ、かつ謙虚でいさせてくれるもの」だと私は思います。

「目標に向かって歩む人の姿は、その達成の有無にかかわらず魅力的なものです」

私自身に魅力があるか、それは、私が無限と対面しているかどうかにかかっている。


そう思うと気恥ずかしさに筆が折れそうですが、今年もこの「旅寝言」を続けていきますので、どうか旅のお伴のほどをよろしくお願いします。

無限を見つめる人

文:可児義孝 絵:たづこ

tabinegoto#07

Follow me!